お金のベストな使い方について

ここ1-2年の自分の思考のテーマとして「お金を何に使うべきか?」というものがあった。
「タワマン買わないんですか?」「別荘は買わないんですか?」「ランボルギーニは?」「ロレックスは?」などといったことはよく聞かれる。
自分は高級車やブランド品に特に興味がなく、これと言って高い買い物はしていない。(マイホームは10年前にすでに購入している。)
それなりの金額で買ったものといえば下記の物くらいで、ローン返済を除けば合計300万円程度だと思う。
- マイホームのローンの全額返済
- 奨学金の全額返済
- 庭のリフォーム
- 猫
- Macbook Pro
- 2階用ダイソン掃除機
- ダイソンドライヤー
- ドコモ光10GB
ただ自分としては、使い道に迷っているというよりは、これこそが正解と思っているフシもあった。
そんな自分の行動を言語化したいと思っていた矢先に「アート・オブ・スペンディングマネー」という素晴らしい本に出会えたので紹介する。1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?が示されている本である。
お金の使い方
本書によるとお金の使い方は2つある。
一つ目は「より良い生活を送るための道具」、二つ目は「他人との比較で自分のステータスを測るための物差し」だ。
高級車やブランド品はまさしく後者だろう。自分がこれまで買ってきたものは完全に前者だ。要はステータスのためにお金を使わず、自分や周りの大切な人を幸せにするためにお金を使おうというのが本書の趣旨だ。
手にしてないものを欲しがってばかりいずに、目の前にあるものに感謝する。これはお金と幸福について考える時、極めて重要な態度だと言える。
ストア派哲学に「富を必要としないことは、富そのものよりも価値がある」と言う格言があるそうだ。
大切なポイントは、人を本当に幸せにする「家族」「友人」「健康」「生きがい」「澄んだ心」などの要素はお金では買えず、自分自身で獲得するしかないということだ。
尊敬と嫉妬
自分の成功の証を他人に示せば、注目や称賛を得られるかもしれない。しかし実際には、他人が抱く感情は嫉妬であることが多い。
アメリカ合衆国建国の父と呼ばれるベンジャミン・フランクリンは、「人生の秘訣のひとつは、"人は、周りから嫉妬されていないときに尊敬されやすくなる"という事実に気付くことだ」と語った。
尊敬と嫉妬の境目を見分けるのは難しい。派手な物で自分を飾り立てる人は、実際には羨ましかられているだけなのに、尊敬されていると思い込んでしまいがちだ。
これは特に、他人からの称費や支援を集めることで裕福になった人によく当てはまる。称費が羨望に変わると、人々の支援は減り、失敗に対しても厳しい目で見られるようになる。
人の注目を求めながら社会の階段を上ろうとしているのなら、次のことを心に留めておこう。
その過程で、他人を羨ましがらせていないか?
それはやみくもに高みを求める中で見落としてしまうデメリットになり得る。
自分自身が抱く嫉妬という感情にも注意が必要である。
嫉妬しているということは自分と他人を比較しているということだ。
作家であるローレンス・ヨーはこう書いている。
「嫉妬は自己探求と逆相関の関係にある。つまり、自分のことをよく知らないほど、自らの価値を知るために他人を基準にする。自分への理解が深まるほど、他人に求めることは減り、嫉妬は消え始める。」
お金を何に使うべきか?
本書では「なくても困らないが、人生を彩るもの」にお金を使いたいと述べている。
たとえば、たまの贅沢な食事や、年に一度の長期的な家族旅行、時々買う上質な服などだ。もし何らかの理由でこれらを諦めなければならなくても、多少は辛く感じるだろうが、特に問題はない。
大切なのは、楽しみながらも執着せず、意識的に選ぶこと。そうなって初めて、お金は従うべき主人ではなく自分を助ける道具になる。
人がお金に本当に求めているのは、お金のことを考えずに生きていけるようになることではないだろうか。
他の大切な何かに集中できるだけの資産をつくり、あとはお金のことばかり考えるのをやめて生きる。
だがこの最終的な目標は、お金を貯めるという習慣がアイデンティティに深く根付いてしまうと崩れやすくなる。お金への執着から抜け出せず、人生の成功を銀行口座の残高が増えることと考え、適切な場面ですら、うまくお金を使えなくなる。
いつの間にか「お金を増やすこと」自体が目的にすり替わっている人は多いのではないだろうか?お金のことを考えないようにすることが究極の目標だったのなら、ある段階で自分がそれを達成したことを認めるべきであろう。
一方で複利のメリットがあるため、元手があればあるほど資産を増やしやすいというのは周知の事実だ。手元にあるお金が多いほど、よりお金を増やしやすいという環境が、さらにそれを助長しているとは思う。
子どもの育て方
自分の子どもにあまりにも裕福な暮らしをさせてしまうと、意欲や向上心が損なわれるのではないか?と考える富裕層は多いそうだ。
その点については自分も同意する。では、お金に関して子どもとはどのように接するべきなのだろうか?
本書の中にはこんな文章があった。
子どもたちは、あなたが何を大切にしているかを見ている。あなたがどんな無駄遣いをしているかも知っている。あなたが帰宅して配得者に嬉しそうに昇給したことを報告しているときの表情や、解雇されたときの怯えた表情を心に刻んでいる。あなたが隣人の新車を羨ましがっていたことも知っている。あなたと配得者がお金の使い方について口論しているのも聞いている。あなたの欲張りな側面にも、倹約家としての側面にも気づいている。
子どもたちは親の言動をこんなふうによく観察していて、大人になる頃には、それが彼らのお金に対する考え方に大きな影響を与えることになるのだ。
意識していなかったが、確かに見られていると思う。大事なのはお金を渡す時期や金額ではなく、お金の正しい使い方を伝えることなのかもしれない。
子どもに恥じないお金の使い方をしなければ・・・と思いつつ、自分のやりたいことにお金を使わなかったら、それはそれで意味がない。
少なくとも冒頭に記載した「他人との比較で自分のステータスを測るための物差し」ではなく、「より良い生活を送るための道具」としてお金を使っている姿を見せれば良いだろうか。
また、こんな文章もあったので気をつけたい。
「子どもが甘やかされてわがままになるのは、親が物をたくさん買い与えるからだけじゃない」
「そうなる原因は、親が子どもに、お金をたくさん持っている人のほうがえらい、と教えているからだ」
節約について
節約について、面白いエピソードがあった。
「どれくらいの頻度でラテを飲んでるの?」と彼が尋ねると、「毎日よ」と同僚は答えた。
「すごい! 会社員になってから30年間、毎日ラテを飲んでるの?合計したらすごい金額になるぞ。1日1杯ラテを飲めば、年間で約1900ドル。もしそのお金を8パーセントの利回りで投資していれば、今頃25万ドルになっている。フェラーリが1台買える額だ」同僚は困惑した表情を浮かべ、「あなたはラテを買う?」と男性に尋ねた。
男性は「買わない」と答えた。
「じゃあ、あなたのフェラーリはどこにあるの?」
日本でも毎日のタバコを我慢すれば・・・コーヒーを我慢すれば・・・といった同様の話をたまに見かける。だがそれは節約すべきという文脈であり、どちらかというと真逆の趣旨のものが多いと思う。
また、毎日のラテを節約すべきか悩む一方で、金額の大きい家電や旅行の金額には躊躇をしないという人も多い。節約という観点では、明らかに大きい金額の買い物をセーブした方が効率が良いにも関わらずだ。
本書ではこの現象を「問題への注目度は、その問題の重要性に反比例する」と表現している。
この現象が起こる理由の一部は、小さな支出にこだわることで、「私はお金の使い方について考え、実際に行動を起こし、前進している」という感覚が生まれるだ。その結果、大きな問題を無視しやすくなってしまうのだ。
幸せとは何か?
偉大な心理学者であるカール・ユングは、「人間を幸福にする基本的な要素は何か?」と言う質問に次のように答えている。
- 心身ともに健康であること
- 結婚、家族、友人関係など、個人的で親密な人間関係が良好であること
- 芸術や自然の美しさを感じられること
- 妥当な生活水準で暮らし、満足のいく仕事をしていること
- 人間の浮き沈みにうまく対処できる哲学的・宗教的な視点があること
これらを達成するためには大きな額のお金は必要ない。
つまり、真の幸せとお金には直接的には関係がないということだ。
お金というのは飾り程度のもので、あくまでベースとなる幸せにちょっとした彩りを与えるものと捉えるくらいがちょうど良いのではないかと思う。
まとめ
他人に羨ましいと思われるためにお金を使うのはやめよう。自分や周りにいる大切な人を楽しませるために使おう。
お金より大切なものを誰しもすでに持っているはずだ。
当たり前になってしまったことを今一度見つめ直し、幸せを感じよう。








